悩みの相談に来られる人は
本当にその悩みを解決したいのか?ということ
私の元にメールを送ってくる、その人も
以前、相談に来られた方で
他のことで私の携帯のメールアドレスを教えてから
悩みを、文字数いっぱいのメールで送ってくる
最初にお会いしたときは、それほど感じられなかったが
2度目にお会いした時は、かなりの依存性と執着性を感じた
それで、そのまま途中でお返しすることが出来ず
その時は4〜5時間に及んでしまった
気持ちよくお帰りいただけた、と思ったが
その後、あの時のあの言葉が気になるようになったと
例えば、何気ない一言について
長文のメールを送ってこられるようになった
誠実に思いをお返ししても
それに対する返信も、どうしたらこんな解釈ができるのだろう?
という内容のものでした
同じ事実があっても、その解釈の仕方で随分変わるものです
きっと、その人に対しては
『その人の望む答えを私が言えば、その場は過ぎるのです』
それでは、益々その人の依存性を高めることになるでしょう
その人は、メールを通して私に言います
「本当は・・・なんです。でも・・・なんです。」
「それで、どうしたらよいのでしょうか」
「答えてください」
私が、その質問に答えるのは当然のような内容です
それでも、私の考えを伝えましたが
それに対しても、長文の絡みのメールでした
私の伝えたことは
「一度、ご自分のお考えで進んでみてください」
といった内容のものです
悩む人には同じようなところが多い
依存性と執着性
自分がそれに気づいたら
そして、それと闘ったら
もうその人の中の悩みは、殆ど自分で解決できるのに!
その人は、どう解釈してくれるのだろう?
この思いが、どうぞ伝わりますように・・・

相談をして、それをその人の指針に出来る人は強い人
「何でもハッキリ言って下さい!」と言われても
決して言ってはいけない人がいるのです。
その言葉に縛られてしまう人です。
難しいのです。その人の性格によって違います。
ぶんぶんさんは、素晴らしいと思います。
>いわしさん
渦中の人はなかなか気づいていないのです
自分はこんなに辛い、苦しい、不幸だと思っていますから
その話が出来る人には、目いっぱい頼ってしまう
本当に、なかなか答えは出ませんね。
「他人の事を自己中心と言っている自分が、同じ事を知らない間にも人にしている場合が案外多い」と思いました。
人生のサイコロを振るのは自分。出た目が何だろうと、自分の責任。
どうしてこんな単純なことがわからないのでしょうか。
それがいやなら奴隷にでもなるしかないですよね。
いや、たしかに当人にとっては大変な問題なのでしょう。
世の中どうしても誰かそばにいないといけない人というのも存在しますし。
簡単に「自己責任」などと言うのも心苦しいです。でも、それなら
どうすりゃいいのかと聞かれたら・・・人間がこの世に存在する限り、
この手の問題に答えなんか見つからないような気がします。
そうですね・・・そうそう たたかわなきゃ
きめるのは、自分ですよね・・・
おととい 物凄い霊感の強い方と話する機会がありました。
ぶんさん あなた 一応定年したたけど まだ不満だね・・
あたり! 今 ○○のことで悩んでますね! あたり!
どうすりゃ〜いいんかい?
ぶんさん あんた 私がいっても言うこときかない人・・
もうきめてるね・・あたり! いわない・・・
自分の思う通りにしなさい・・・失敗してもあなた 責任とる人
はい 取らせていただきます。
今日はいい言葉 教えてくれて ありがとうございます。
「決めるのは自分」・・・・